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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3679号 判決 1998年7月30日

主文

一  一審被告の控訴に基づき、原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

二  一審原告の請求を棄却する。

三  一審原告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告の控訴の趣旨

1 原判決中、一審被告に関する部分を次のとおり変更する。

一審被告は、一審原告に対し、六二二万九一九六円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

二  一審被告の控訴の趣旨

主文第一、二、四項と同旨

第二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加、削除するほか、原判決の事実及び理由第二 事案の概要(原判決三頁六行目から同二八頁七行目まで)のうち、一審被告に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三頁七行目の「テニス」を「硬式テニス(以下「テニス」という。)」と改める

2  原判決一〇頁四行目を次のとおり改める。

「(五) 右各テニスコートの間隔はそれぞれ四メートルであるところ、複数面のコートを設置する場合には、各コートの間隔は四ないし五・五メートルが基準とされており、中央高校のテニスコートは右基準を満たしている(乙第三、第四、第九号証)。」

3  原判決一一頁九行目から同一二頁三行目までを次のとおり改める。

「5 訴外山本ら中央高校教諭等の監督・指導

(一) 訴外山本は、一審原告を含む生徒に対し、平成八年四月に体育[2]Aの授業を始めるに当って行われたオリエンテーションの際、自らの体調を十分管理し、何か体調の異変があれば遠慮なく申し出るよう指導し、また、本件事故までの間の授業の際に、サーブ練習時のボール回収は、すべてのコートで練習が一段落してから行うように指導するなど、コート内に多くのボールが飛び交うような場合には、打球に十分注意するように指導していた。さらに、第一、第二学年次に一審原告の体育の授業を担当した訴外田中満美子や同宮畑智高もテニスをする際には周りから飛んでくるボールに注意するよう指導していた。しかし、訴外山本は、コートチェンジの方法について具体的な指導はしていなかった(乙第五、第六号証、山本証言〔原審・当審〕、原審相被告三木本人尋問(右認定に反する一審原告本人尋問〔原審・当審〕は、右証拠に照らしにわかに採用しがたい。))。」

4  原判決一三頁一行目の「第八号証」を「第八、第一一号証」と改める。

5  原判決一六頁五行目の後に行を改めて次のとおり加える。

「(四) 一審原告の体力及び運動能力を考慮した練習種目を指示したり、運動量の制限等の措置を講じなかったこと

訴外山本は、一審原告の体力及び運動能力を考慮して、一審原告に対し、若年者とは別の練習種目を指示したり、運動量の制限等の措置を講じる義務があったのにこれを怠り、若年者と同一の練習をさせたことにより、一審原告の体力を著しく消耗させてその注意力、判断力、危険回避行動可能性を減退させ、その結果、一審原告の打球事故に対する予見及び回避を不可能とさせた。」

6  原判決一八頁五行目の「同程度」の後に「ないし少なくとも第一四級相当」を加え、同行から六行目にかけての「少なくとも九パーセント」を「九パーセントあるいは少なくとも五パーセント」と改める。

7  原判決二一頁四行目の後に行を改めて次のとおり加え、同五行目の「(三)」を「(四)」と改める。

「(三) 本件授業は、任意の活動である課外活動等とは異なる正課授業であって、生徒は教諭の管理下にあってその指導に服する関係にあるところ、生徒である一審原告には指示違反や特に危険な行動をとったというような事情はない。」

8  原判決二二頁一〇行目の「間隔があり、」の後に「設置基準を満たしていて、」を加える。

9  原判決二四頁一〇行目の「負担すべきものである。」を「負担すべきであり、訴外山本は、一審原告が選択していた体育[2]Aの授業において、飛来するボールに対する一般的な注意は与えていた。」と改める。

10  原判決二七頁末行から同二八頁一行目にかけての「監視・監督義務していなかった」を「監視・監督していなかった」と改める。

11  原判決二八頁二行目の「隣接コートから飛来する打球の危険性や」を削除し、同三行目の後に行を改めて次のとおり加える。

「(四) 訴外山本が一審原告の体力及び運動能力を考慮した練習種目を指示したり、運動量の制限等の措置を講じなかったことについて」

第三  当裁判所の判断

一  争点1(訴外山本の過失の有無)について

1 学校の体育授業を指導する教諭は、授業に際し、生徒が負傷したり死亡したりしないよう、生徒の技能、体力等に応じて適切な手段、方法で指導すべき注意義務を負っており、これは柔道などの格闘技やラグビー等に限られるものではなく、これら競技より負傷、死亡事故の発生する危険が少ないテニスにおいても、右事故の発生する危険が全くないとはいえないから、教諭の右注意義務が否定されるものではないというべきである。

しかし、教諭の負う右注意義務の具体的な内容は、授業の対象となる競技種目の違いによる負傷、死亡事故の発生する危険度などに応じて異なるものである。

2 これを本件についてみるに、テニスは、子供から老人まで幅広い年齢層の人が楽しめるスポーツで、柔道などの格闘技やラグビー等に比べて負傷、死亡事故の発生する危険性は少なく、加えて、本件のように高校生以上の判断能力のある者を対象とする場合には、幼児、児童あるいは中学生を対象とする場合のように具体的、個別的な指示、監督を行わなければならないものではなく、生徒が自主的判断によって危険を回避することができる程度の指示、監督をすれば足るものと解するのが相当である。

3 一審原告は、訴外山本が隣接する三面コートを同時に使用して体育の授業をしたことに過失があると主張する(争点1(一))。

しかし、複数面のコートを設置する場合には、各コートの間隔は四ないし五・五メートルとすることが基準とされているところ、中央高校のA、B、Cコートの間隔はそれぞれ四メートルであって、右基準を満たしており(第二、一4(五))、このような三面コートは同時に使用できることを前提に設置されているのであって、テニスの試合ないし試合形式の練習をするに際して、三面コートを同時に使用することは一般的に行われていることであるから、隣接する三面コートを同時に使用して授業をしたことをもって訴外山本に過失があったとは認められない。

4 次に一審原告は、訴外山本自らがテニスの試合に加わり、生徒を監視・監督していなかったことに過失があると主張する(争点1(二))。

しかし、訴外山本は、一審原告を含む生徒に対し、平成八年四月に体育[2]Aの授業を始めるに当って行われたオリエンテーションの際、自らの体調を十分管理し、何か体調の異変があれば遠慮なく申し出るよう指導し、また、本件事故までの間の授業の際に、コート内に多くのボールが飛び交うような場合には、打球に十分注意するように指導しており、さらに、第一、第二学年次に一審原告の体育の授業を担当した訴外田中満美子や同宮畑智高もテニスをする際には周りから飛んでくるボールに注意するよう指導していたこと(第二、一5(一))、一審原告は、テニスに関しては初心者の部類に入るとしても、中央高校に入学後、体育の授業でテニスを自ら選択し、第一学年次に数回、第二学年次に一五回程度、第三学年次に本件事故時を含め一一回、それぞれテニスの授業を受け(第二、一3(一))、第三学年次には本件事故までに、本件事故時と同じ試合形式の練習を五回(本件事故時は六回目の授業であった。)経験し、他の生徒もほぼ同様の経験を有していたこと(第二、一2(三))、一審原告は、本件事故当時六二歳であって(第二、一1(一))、自己の判断で危険を回避できる能力があったこと、一審原告は、第二学年次の練習の際、二回テニスボールの打球が身体に当たった経験があるが負傷するに至らなかったこと(一審原告本人尋問〔原審・当審〕)、試合形式の練習の場合には、サーブ練習等他の形式の練習に比べてコート内に飛び交うボールの数は少なく、一般的には打球が他の者に当たることはより少ないと考えられること、指導者が試合形式の練習に参加することは、生徒の習熟度を向上させ、また、指導者と生徒が触れ合うことにより、教育効果の向上につながることから、一般に用いられる指導方法であることなどからすると、訴外山本が、試合形式の練習を行うに際し、自ら参加することなく、生徒の動きを常に監視・監督するべき注意義務まで負っていたということはできない。したがって、訴外山本が、試合形式の練習を行うに際し、危険回避については一審原告ら生徒の自主的判断に任せ、自らもテニスの試合に加わる方法によって一審原告ら生徒の指導に当ったことをもって訴外山本に過失があったと認めることはできない。

5 また、一審原告は、訴外山本が一審原告に対し、コートチェンジの方法について指導しなかったことに過失があると主張する(争点1(三))。

確かに訴外山本は、コートチェンジの方法について具体的な指導はしていなかった(第二、一5(一))が、右のとおり、訴外山本らは、本件事故までの間の授業の際に、テニスの打球に十分注意するように指導していること、一審原告は、本件事故当時六二歳であって、自己の判断で危険を回避できる能力があったこと、しかも、一審原告は、本件事故以前においても、三面コートを利用した練習中に、隣接コートから打ち損じた球が飛んできて生徒の身体に当たるのをしばしば目撃しており、自分も事故前に二回他人の打球が身体に当たったことがあったが、痛いという程でもなく、打球が当たることをそれほど危険なこととは感じていなかったこと(一審原告本人尋問〔原審・当審〕)などの事情を考慮すると、一審原告は、隣接コートで試合が行われている最中には、打ち損じた球が飛んできて身体に当たることがあることを十分知っており、隣接コートで試合中にコートチェンジをする時にも、その打球に当たる危険を避けるためには、その試合の状況や打球に注意しながら移動する必要があることを当然知っていたものと考えられるから、コートチェンジの方法について、訴外山本から直接具体的な指導を受けなくても自らの判断によって危険を回避し得た(隣接コートでの試合の状況や打球に注意を払っていれば、少なくとも打球が目に当たるような事故を避けることは容易であったと思われる。)ものと認められる。しかるに、一審原告は、打球が当たることをそれほど危険なことと感じていなかったため、試合中の隣接コートの状況に全く注意を払うことなく、うつむき加減で小走りに移動しているときに、本件事故が発生したと認められるから、本件事故は一審原告が訴外山本から一々具体的に指導を受けるまでもなく、当然知っており、自己の自主的判断によって行うべき危険回避のための基本的注意を怠ったことによって生じたものというべきであって、訴外山本がコートチェンジの方法について具体的な指導をしなかったことをもって過失があったと認めることはできない。

6 さらに、一審原告は、訴外山本が一審原告の体力及び運動能力を考慮した練習種目を指示したり、運動量の制限等の措置を講じなかったことに過失があると主張する(争点1(四))。

しかし、訴外山本は、中高年者を中心に十代の生徒にも運動効果が得られるように配慮した授業のメニューを組んでいたこと、中央高校では二校時連続で九五分間授業であったが、間に五分間の休憩があり、ウォーミングアップなどに十分な時間を割くことができ、適宜休憩時間を延ばすなどすることができるので、必ずしも五〇分授業より厳しい内容であるとはいえなかったこと、本件事故は、一校時目が終わった後五分ないし一〇分の休憩をとった後、試合形式の練習を開始して最初の試合中に起こったもの(第二、一2(二)、同4(三)、(七)、証人山本〔原審・当審〕)であること、また、前記4のとおり、訴外山本は、一審原告を含む生徒に対し、自らの体調を十分管理し、何か体調の異変があれば遠慮なく申し出るよう指導していたこと、一審原告も本件事故時までテニスの練習授業をこなしてきたもので、授業が体力的に無理であると申し出たことはなかったこと、これらの事実からすると、訴外山本の授業が一審原告の体力及び運動能力を無視したものであったとは到底いえないし、また、一審原告は、本件事故当時六二歳であって、自己の体力等を考えて、どうしても授業についていけなければ、自ら訴外山本に対して授業内容の変更等を申し出ることもできたと認められるから、訴外山本に右主張のような過失があったとは認められない。

二  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の請求は理由がないから棄却すべきである。

三  よって、原判決中、一審原告の請求を認容した部分は相当でないから、一審被告の控訴に基づき、一審被告敗訴部分を取り消して一審原告の請求を棄却し、一審原告の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 宮城雅之 裁判官 小野木等)

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